豆腐を通して、なにげない日々を豊かに。|平尾隆久
鳥取市河原町出身。広島県で自動車整備の専門学校で学び、卒業後にUターンして整備士に従事。4年間働いたのち、祖父母が営んでいた豆腐屋を継ぐ。現在は自社店舗だけでなく、鳥取県東部を中心にスーパーなどで豆腐を販売して人気を集めている。
「僕ね、ずっと周りに流され続けて生きてきたんです。豆腐屋をやるまで。自分がやりたいと思ってやっていたことはバスケくらいだったかなぁ。だから、やっと自分がこれだと思えることに出会えたこと、ここに祖父母の豆腐屋があったことに、感謝ですね」
インフルエンサーに選ばれた人たちを取材していて感じたのは、皆さん笑顔がとても素敵だということ。多分、それはそれぞれが、自分の人生を楽しみ、悩み、挑戦しているからなのだろうと思う。
自動車整備士から脱サラし、実家でおじいちゃんとおばあちゃんがやっていた豆腐屋を継いだ。そんな平尾隆久さんの表情も、やはり輝いていた。
自分で選んだ豆腐屋での挑戦
何もやりたいことが思い浮かばない。そんなことは若い頃にぶち当たる悩みの一つかもしれない。学生時代の平尾さんもそうだった。特に先を見ていたわけでなく、友人の多くが進む工業系の学校に進み、流れに身を任せて車の整備士の専門学校に通った。
「広島の学校だったんですけど、みんな地元に帰っていくし、自分もなんとなく鳥取に帰りたいという気持ちがありました。車のディーラーの整備士になったんですけど、入ってすぐに『あれ、俺、車そんなに好きじゃないな…』ってなっちゃって。なんか人が次々に入れ替わるイメージがあったサラリーマンの働き方も疑問があって、自分で何か事業がしたいなと思っていました。22、23歳くらいだったかなぁ」
自分でやりたい、でも、何をすれば良いのだろう。出口の見えないトンネルの中にいた。転機は、そんな暗がりの中にさす一筋の光のようなものだった。
「祖父母が営んでいた豆腐屋を閉めるという話になったんです。それを聞いて、身近で見て育った店がなくなるって聞いて、全くやる気なんてなかったけど寂しさを感じました。事業をやりたい思いもありましたし、豆腐を売れないくらいの能力なら何やっても無理だと思って、豆腐屋をすることを決めました」
試行錯誤の豆腐づくり
手伝いもほとんどしたことがなく、ゼロからのスタート。1年間、給料も、休みもなく、とにかくがむしゃらに働いた。当時は昔ながらの小さな釜一つで、薪を炊いて火を焚べて豆腐を作っていた。豆腐作りは、薪をチェーンソーで切って、薪割りをするところからだったと聞いて驚かされた。それでようやく豆腐を作っても一人もお客さんが来ない日もあって、夕飯前に近所を回って豆腐を買ってもらえないかと訪ねた。
そんな生活を続けられたのは、半分意地だった。
「親も、会社の人も、近所の人も、みんな大反対でしたから。潰れかけの豆腐屋をして何がしたいんだ?って。面と向かって結構な言葉を言われたこともありました。言い返したくなっても、でも、まだ何もしていない自分が何を言ってもだめだと思ったんです。そのときにもらった言葉が、しんどい時に自分を踏みとどまらせてくれました」
豆腐の味も、試行錯誤の連続で突き詰めてきた。大型の機械をなんとか導入するも、うまく作れない日が続いて、全国の豆腐屋に見学させてもらいに30軒ほど回ったという。
「最初は自分で事業がやりたい、というところから始まったので、豆腐作りに対してまだまだ甘かったです。ほんと、京都の豆腐屋さんでカルチャーショックを受け、自分には無理だと思って帰りに消防士の資格の本を買って帰ったくらいですから(笑)」
そこから、地道に、おいしい豆腐を追い求めてきた。
「大豆の状態によって大きく違います。年によっても、同じ人が作ったものでも、違う。うまく化学変化をさせないといけないんですけど、気温や天気、大豆の具合も読んでやらないといけない。条件はいつも違う。全く同じものは二度とできないですね」
経営者としても12年。豆腐のことを語る顔は、職人のそれだった。
目の前にある豊かさをこれからも
「いらっしゃいませ、あ、こんにちは!」
平尾とうふ店は、いつも明るく、清々しい空気に包まれるような気がしている。平尾さんや従業員さんたちの挨拶は、とても気持ちがよい。
「ただ豆腐を作るということじゃなく、やっぱりおいしいものを届けたい、お客さんに喜んでもらいたい、という気持ちをみんなが大切にしてくれていると思います」
優しい豆腐の味だけでなく、挨拶も。そんな気持ちがこちらに真っ直ぐ向いているのがわかる。従業員も増えた今、お店を継いだ頃にはわからなかった感覚も芽生えたという。
「自分が頑張るだけじゃない。お客さんにおいしいと喜んでもらうことを目指すのはもちろん、スタッフが自分自身の成長や暮らしの充実を感じてくれているか、ここで働いてよかったと思ってもらえているか、それが大切です」
取材をさせてもらった事務所には、壁に「今年の目標」やみんなで考えたお店づくりについての意見を書いたメモなどがびっしり。個人的な目標も含め、日々何を考えているかを知ることも大切、と平尾さん。
「あまり大きなことは言えません。でも、ここに住んでいる人とか子供たちに頑張っているのは見せられたらいいなと思うし、見える範囲の景色や人のことがよくなるために、やっていることが繋がるのなら嬉しいですね」
日常の食卓にそっとある豆腐のように、小さな豊かさをこれからも大切にする。
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鳥取市の田舎で豆腐屋してます。
豆腐はシンプルだからこそ、素材、作り手、両方が試される。一切の手を抜かず大豆と向き合い、そしてお客様に届ける。
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