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移住者インタビュー

林業と本と人との繋がりによる人生自己表現

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今回、私がインタビューをしたのは加藤翼さん(28歳)。鳥取県智頭町に移住して、「(株)皐月屋」の一員として林業を仕事にすると共に、小さな移動式本屋「アカゲラブックス」を営んでいる。

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たくさんお話を聞いた後に“パシャリ”
(左から2人目が加藤さん。インタビュアー・山田は右端。)

 インタビューを通じて、加藤さんが鳥取に来る前から現在に至るまで、様々な活動で得た地域の繋がりを、心から大切にしていることを感じた。また、加藤さん自身がこれまでの人生で経験し感じたことをもとに、地域という人のコニュミティが抱える課題解決と、自身のやりたいことの重なりを考えて、自分らしく行動を起こしながら楽しく働き暮らしていることが伝わってきた。

 もちろん、自己発信をしながら好きなことに取り組む上で大変なこともあるだろう。最近は活動の幅が広がったことで、大切な読書の時間が取れないというジレンマもあると言う。それでも、加藤さんの話しぶりから、日々の充実ぶりがとても感じられた。
 そんな加藤さんの濃密な毎日を、この記事から少しでも感じ取っていただけたら嬉しい。

林業、そして智頭町と出会うまで

 加藤さんは長野県出身で、高校卒業後は京都大学の総合人間学部に進学。「都会があまり好きではなかった」「周りの人と違う所に行きたかった」から京都に進学したと言う。
京都は、高いビルが無く空が広くて好きだった。ただ、就職しこれから人生を送っていくには、もう少し人の少ない場所がいいなと感じた。

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日々、森と向き合うのが楽しい(写真提供:加藤さん)

 大学3年の秋に、地域の面白い人や取り組みと出会いたいと、大学外の様々なところへ足を運んだ。その中の縁で、“食べもの付き情報誌”「東北食べる通信」を発行するNPO法人東北開墾の代表と出会い、1年間の休学を決意。食べる通信でのインターンを経験し、取材で一次産業に従事する方々と出会って、現場で働く人を“かっこいい”と強く感じたそうだ。

 「一次産業は、実際に現場に飛び込んでみないと分からないすごさがある」

と加藤さん。

 この経験をきっかけに、自身も自然と関わり合いながら、身体を使って動く現場で働こうと林業への道を決めた。さらに、智頭町で天然のこうじ菌から作るパン屋「タルマーリ―」を営む渡邉さんの著書『田舎のパン屋が見つけた腐る経済』を読み、渡邉さんの元を訪ねたことをきっかけに、智頭町の林業に出会い、今の親方を紹介していただいた。現在、智頭町で林業を始めて5年目。より智頭に根を張り、地域のために活動することの大切さを感じるようになったという。

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学生時代まで遡って、大学生の私たちに語ってくれた

「林業しているばかりでは、誰も山のことを知ってくれない。もっと他のところでも人とつながっていかなくては、と感じます。山の課題は、林業家だけの課題ではない。より多くの人が、山に興味を持って、楽しみながら関わってもらえたら。」

と言う。

 その繋ぎ役となるのが、加藤さんが営む移動式本屋「アカゲラブックス」だ。

本屋の軌跡

 学生時代から、Facebook等で自分の考えや経験を発信していたところ、共感してくれる同世代の友人がいた。ただ自分の考えは、読んだ本の中から、自分なりに編集したものも多い。ならば、それを1箇所にまとめて本棚をつくることは誰かの役に立つし、価値があるのではないか、と思ったことが本屋をやりたいと思ったきっかけだ。智頭町への移住後、津山の友人と共に地域のマルシェにブースを出店することから、移動式の本屋を始めた。

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思わず手に取りたくなる仕掛けが散りばめられている(写真提供:加藤さん)

 ちなみに本屋名にある“アカゲラ”はキツツキの一種。幼少期、故郷の長野で通っていた森の幼稚園時代から聞きなじみのある名前を屋号にした。

 「本棚はその人の人生が反映されている。個性が現れるから、他人の本棚を見るのが好きなんですよね。」

 学生時代から智頭町での暮らしに至るまで大切にしてきた人との繋がりと、林業を通じた森との関わりから得てきた体験に、読書から得られる新しい知識や考え方と、本を通じて生まれた新しいコミュニティが重なることで、加藤さんの人生は豊かなものになっているのだろう。

鳥取での生活とこれからの挑戦

 林業の仕事に話を戻そう。山といっても様々だ。長野県と智頭町の山は大きく違うと言う。長野では山は遠くに、雄大に聳え立つ存在だったが、智頭町では山との距離が近く、暮らしに近い感覚がある。

 智頭に来てから林業や本屋を通じて学び大切にしているのは、「人の信頼を裏切らないこと」と言う。林業でも本屋でも、一人でできることは限られている。だからこそ、出会った人との繋がりを大切に、できることで助け合いながら、活動の輪を広げてきた。

 最近は、インターン時代に知り合った方から板の注文があり、製材にも取り組んでいる。取材日にちょうどその夫婦が、兵庫県豊岡市から来ていた。加藤さんが製材した杉板で焼杉をつくり、リノベーションしている古民家の材料として利用するという。これまでお世話になった人たちと林業で繋がっていることが垣間見られた。

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智頭町を歩くとあちこちで林業の営みを感じる

 さらに、本を読む場づくりと、人と山を近づけることを目指して、「tomarigi」というカフェの二階をリノベーションし、常設の店舗をオープン。取材時は、壁を白の漆喰で塗る作業の真っ只中だった。友人や先輩、知り合いの左官屋さんらと協力して作業を進めている。本棚は解体屋さんから古いモノを譲ってもらうなど、場をつくる中でもこれまでの繋がりが活き、新しい繋がりも生まれる。

 山が近く感じる智頭町でも、人が山に入らなくなって、人と山とが離れてきていることを感じると言う。

「もう少し人の暮らしの中に、山があったらなぁ」

 林業を通じて人と山との繋がりを生み、本を通じて人と人との繋がりを生むことが合わさって、加藤さんの生き方を表現するような場が創られていくのが楽しみだ。

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イメージを少しずつ形にして空間づくりを進める(写真提供:加藤さん)

インタビューを通じて私が感じたこと

 「本棚はその人の人生が反映されている」

 この言葉に共感した。私自身も、本と図書館や本屋が好きで、本がある場所を巡り、そこで新たな価値観やコミュニティによく出会う。本を通じて交流が生まれ、その中で自分が何を表現して、実現したいのか、少しずつ掴めてくることを感じる。加藤さんが感じている本の価値もそういうところにありそうだ。

 「本を通じて人を繋ぎたい」という人生の自己表現と、「山と人を繋げたい」という、社会の課題解決にもつながる模索が重なり、その手段として加藤さんは本屋と林業に取り組んでいるということがインタビューを通じて伝わった。林業の現場にどっぷりとつかりながら、本を読む場づくりにも取り組むことで、加藤さんを中心に人と山を繋げるコミュニティという価値が生まれている。

 林業は地域の森を整え、自然の循環を促す。そうして、地域資源を豊かにし、地域というコミュニティづくりを手助けする。

 皆さんも本を読んだり、人と交流し繋がったりして、縁を大切にしながら、人生の自己表現を模索してみてはいかがだろうか。動いてみて何も見つからなくとも、実現したいことへの道筋や土台にきっとなる。その積み重ねから、新しい何かが生まれると私は思う。そんな模索をしやすい地域の一つとして、智頭町はとても魅力的な町だ。

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やりたいことがありすぎて忙しい、という加藤さんの眼は輝いていた